Japanische Fichte-Gesellschaft
日本フィヒテ協会


日本フィヒテ協会賞



【フィヒテ賞(第二部門)】

熊谷英人氏

――受賞対象著作――
  • 『フィヒテ「二十二世紀」の共和国』(岩波書店、2019年)
――受賞理由――
 受賞対象著作は、フィヒテの政治思想を、「秩序構想」という観点から発展史的に克明にたどり、それが晩年の未完の草稿のうちで「二十二世紀」のユートピア的共和国構想――その統治機構論―として結実したさまを、関連する諸テクストの解釈をつうじて再構成しつつ見事に解明した画期的な作品である。
 それは、南原繁の『フィヒテの政治哲 学』以降の哲学的方法を用いた体系的再構成による研究蓄積を十二分に吸収しつつ、それを補完する研究方向を打ち出したことにおいて、まことに意義深い。すなわち、フイヒテがその学者としての生涯において、同時代の社会的政治的状況への対応のうちで展開していった秩序構想は、前者の研究方法によっては汲み尽すことができないフイヒテの実存にもとづいていた。著者は、それに着眼することによって、「フイヒテ自身が見ていた知的風景」を見、彼が懐いていた「苛立ちや興奮や希望」を感じ取るような仕方で、彼の哲学する姿を描くことを目論み、それに見事に成功したと評価できる、本書は、政治哲学のパースペクティヴからする、フイヒテという稀有の哲学者の知的伝記であり、その意味で高い独創性をもつと思われる。
 この新しい研究方法によってフイヒテの秩序構想は、当時の身分制社会の構造的矛盾を全面的に克服するための方途として、カント、モンテスキュー、ルソー:フランス革命期の論客たちに加えマキアヴェッリにペスタロッチ、そして何よりもプラトンとの政治学史的な連関において、「幻影の共和国」にして「未完の共和国」として描き出される。それは、知識学の理念によって統御された徹底的に能力主義的な階層社会、すなわち、その理念を体現した「知識人」たちが頂点に立ち、宗教制度と経済統制によって労働身分を管理する理想国家であり、その存続を担うのは、国家による「教育」(「陶冶」)である。これが、プラトンの国家論の批判的受容によって成立した点を証明したことは、本書の大きな功績である。
 もとよりフイヒテはその政治哲学において現代に到るまで「不穏な存在」であり続け、その史料事情もあいまって、一面的な政治的解釈、とりわけナショナリストとしての側面を極端に誇張する解釈にさらされてきた経緯がある。これは、哲学的方法による体系的再構成によってきびしい批判が行なわれながらも、なお残存する傾向であろう。それゆえ、熊谷氏が、本書の達成を踏まえて、フイヒテ政治哲学のアクチュアリティや現代的評価について論じられるような研究を今後展開されることも期待したい。
 しかしながら、熊谷氏の著作は、今後のどのようなフイヒテ政治哲学の研究や解釈においてもーアクチュアリテイを汲み取ろうとしたり現代的評価に論及する場合にも―考慮されるべきフイヒテの秩序構想を克明に刻みだした点において、基本文献として久しく読み継がれるに値するであろう。  選考委員会は、以上の評価のもとに、本書が本年度のフイヒテ賞にふさわしい業績であると判断した。


2020年10月
日本フィヒテ協会賞選考委員会 委員長 湯浅正彦